6月13日ピルビン酸ZOOM会 古賀靖敏先生講義内容

日本のミトコンドリア病の一線でご活躍される先生方の講義は、解読するのに集中力がいります。古賀靖敏先生のお話は、我が息子の心身を横に置きながら、解読してゆくと、自然に、納得して行けるところが不思議です。古賀先生が、如何に臨床医師としてたくさんの患者と向き合ってきたか、という証ではないでしょうか。

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講義内容

ミトコンドリア病

対象患者数 国内約2000人 全世界で約50万人

疾病の概要:ミトコンドリア病は生命維持に必要な ATP を十分に作ることができず、種々の臓器障害をきたす稀少難病である。

 

ミトコンドリア病では 高乳酸血症の方が多い。

特に髄液の乳酸値が高い方ほど、早くなく亡くなってしまう傾向がある。

なんとか高乳酸血症を治療できないかと、田中先生が発案されたのがピルビン酸療法である。

2007年 田中雅嗣先生が、(世界で最初に)ピルビン酸ナトリウムが効くだろうという論文を発表した。(Maitochondrian誌)

 

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高乳酸血症について

高乳酸血症の患者は、過還元ストレス状態に陥っている。

細胞内では、還元状態の指標として、L/P比が使われる。

(編者注) L/P比とは:乳酸/ピルビン酸比のこと。ミトコンドリア機能を評価するために用いられる。L=Lactic acid(乳酸)P=Pyruvic acid(ピルビン酸)

L/P比が25.6を超えると解糖系によるATP産生が停止する。

血中のL/P比は、細胞内のNADH/NAD+比とほぼ比例する。                        したがってNAD+が減り、NADH/NAD+比が大きくなると、ATP産生が停止すると言い換えられる。

過還元ストレス状態とは、細胞内でNADHが過剰になっている状態。

 

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治験について

今回の治験は、ミトコンドリア病の中でも患者数が多い、メラス・リー脳症を対象とした。

過還元ストレス状態では、解糖系はもちろん、TCAサイクルも回らなくなってしまう。                                                                                (TCAサイクル:ミトコンドリアで行われる代謝経路。次の酸化的リン酸化においてATPに変えられる。)

ピルビン酸ナトリウムを投与することによって、代謝性アシドーシス(高乳酸=過還元ストレス状態)を改善し、それによってミトコンドリア病の生存率の改善が見込まれるだろうということで、治験をやることになった。

 

(治験において想定される)効能 効果

ピルビン酸ナトリウムのNDA供給作用によりミトコンドリア病などの高乳酸血症疾患における細胞死の抑制、エネルギー代謝の改善により、臨床状況の改善を期待できる。特に筋力や易疲労性、嚥下能力やてんかんの改善効果が期待できる。」

 

ピルビン酸ナトリウムの供給体制について

日本では、武蔵野化学株式会社が  ピルビン酸メチルという形のものを、特級試薬特級品として製造販売している 。

ただし、この薬品はあくまで「試薬」であり、人体に投与されることを想定していない。

武蔵野化学が、創薬目的の原材料として(GMP原薬として)作るのであれば見過ごしましょうというスタンスだったので、経口摂取が可能になっていた。

(編者注:GMP=医薬品の製造管理及び品質管理の基準。「治験をやるためなら、経口摂取も認めましょうというスタンスだった」ということだと思います)

 

治験開始

2014年~2015年 日本医療研究開発機構 (AMED)から予算をもらって 非臨床試験を実施

プロトコール(実施計画書)で、評価項目を策定

 

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治験を始める前に行った自主臨床研究について。

自主臨床研究への参加基準(エントリークライテリア)

①エンドポイントに乳酸値の改善を設定可能なように、乳酸値が非常に高い人(高乳酸血症が非常に著明な患者さん)

②臨床的評価スケールが中程度以上に重症な患者さん

以上の条件に当てはまる、選りすぐった患者さん13名で自主臨床研究をスタートした。(久留米大学で実施)(編者:まだ治験ではないので注意)

(エンドポイントとは。治療行為の有効性を示すための評価項目のこと。臨床試験(治験)でのエンドポイントは、治療の目的に合っており、なおかつ、客観的に評価できる項目が望ましいとされている。エンドポイントの事後の変更は認められない)

 

後述するが、治験の失敗の原因は このエントリークライテリアが不味かったから。                                                                       (治験本番では、この自主臨床研究と同じ基準で患者さんを募集したのだが、十分な患者数を集めることができなかった。)

 

自主臨床試験の結果は成功。

乳酸値は非常に低下 (TCAサイクルもよく回るようになった)

L/P比も低下

アラニンも低下(乳酸値が高くなるとアラニンも高い数値を示す。その数値が低下)

GDF-15も有意差を持って下がっている (GDF-15:ミトコンドリア病診断バイオマーカー)

 

 

それでも治験に失敗した理由

◎臨床評価スケールが重症でない人(=軽症の人、限りなく正常に近い人)がたくさん入った。

◎自主臨床試験では、いつ測っても乳酸値が高い人ばかり集めたが、治験では乳酸値が正常の人がたくさん入った。

◎自主臨床研究ではGDF-15の高い人ばかり選んだが、治験ではGDF-15が正常の人がたくさん入った。(DGF-15が708以上がミトコンドリア病の基準だが、治験に入ってきた患者さんほとんどが正常だった)

◎治験を受けた患者さんの数が少なすぎて、有意差を明確にできなかった。

それでも、ピルビン酸ナトリウムを投与されたグループは、プラセボ群より(有意差はつかないけれど)良好な結果を得られた。

 

「治験参加患者数が少ないので、長期治験を続ければ有効性が評価できると我々は期待していたが、PMDAの判断で、治験は中止になった」                                   (PMDA:医薬品等の承認審査などを行う組織。)

 

治験後

治験データを精査する中で、ピルビン酸投与群では、PHが正常値より若干高い数値まで回復したという事実を発見した

これはピルビン酸ナトリウムの、PHに対する影響としては 非常にポジティブなデータである。

ただしこの事実は、治験後の精査による発見なので(編者:最初に評価項目として設定していなかったから?)PMDAでは評価されない。したがって再審査は望めない。

 

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ーー追記ーー

2021年6月開催のアメリカミトコンドリア学会のシンポジウム米国のミトコンドリア病専門医の教育講演で、私(古賀先生)は「アルギニンを使ったMELAS患者の管理法」の話をします。

この講演は、アメリカのミトコンドリア病を診察する専門医の必須の教育講演と
なっていますので、UMDFの講演に関する情報は以下のWebでご確認ください。

https://umdf-mitou.teachable.com/p/umdfmitomedcme21

6月13日ピルビン酸ZOOM会 田中雅嗣先生講義内容

ーピルビン酸ナトリウムの生みの親、基礎研究者田中雅嗣先生の講義ー

田中先生のピルビン酸への研究は、夢と希望に満ち溢れています。
そしてそのアイデアは特筆すべきところがありますが、これからの特許申請の兼ね合いもあり、ZOOM会だけの発表として、ブログ掲載では削除させてもらうところもあります。ご了承ください。夢に向かって走る先生を応援したいです。
レポートまとめに尽力くださいました、山ちゃんありがとうございます。

 

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私(田中先生)は 治療薬としてピルビン酸と 診断薬としてGDF15 を同時に開発してきた。
ピルビン酸ナトリウムに商品名として ピルビット(Pyruvit)という商品名まで考えた。
「私(田中先生)は理論と実験専門で 診療経験はありません」とのことです。

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ミトコンドリアは一個の細胞の中に数百から数千個存在している。

また、ミトコンドリアは細胞内の発電所と呼ばれ、水素と酸素を反応させ ATP (生物のエネルギーの供給源)を合成している。

「NAD+」と「NADH + H」は、水素の運び屋。体内で重要な働きをしている。                                  (その仕組の説明がありましたが、編者には理解不能でしたので、省略!)

水素の運び屋であるNAD+は ニコチン酸アミドと言う部分があって、この部分で水素の受け渡しをしている。

 

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ナイアシン は、ニコチン酸とニコチン酸アミドの総称で、ビタミンB₃ とも言う。

「ミトコンドリア病の患者にはナイアシンが足りない。ナイアシンを補うことによって元気が出る」という論文が最近出た。

その「ナイアシン療法」というのは1日にナイアシンを500mg から1000 mg 摂取する療法。                                           (この療法は、筋肉にもいいし肝臓にもいい)

ナイアシンを大量に服用すると、顔が赤くなったり、顔がかゆくなったりする。          これはナイアシンフラッシュと呼ばれている。                                           ナイアシンフラッシュは、むしろ健康に良い。

私(田中先生)は、ビルピット(ピルビン酸ナトリウム)とナイアシンを同時に摂るとよいのではないかと考え、(その薬に)ピルビナックと言う名前を考えた。 (未完成)

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私(田中先生)が最初にピルビン酸が重要だということを知ったのは、ミトコンドリアDNAを失った細胞や呼吸機能を失った細胞を培養するには、ピルビン酸が必須だと実験を通じて知ったこと。以後(ピルビン酸の研究を)やりたいと思っていた。

ブドウ糖がピルビン酸になりさらに乳酸になる過程で、 NADHができても、NAD+ に戻されるので、収支はゼロ。しかしアミノ酸などを分解すると反応でNADHが生じるので、細胞全体としては水素(NADH)が溜まり過ぎてしまう。
そこにピルビン酸を入れると、水素(NADH)の過剰(過還元状態)が解消する。

ミトコンドリア機能が全くゼロでも、ピルビン酸を1分子飲むと ATP が少なくても2分子できる

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ピルビン酸はお酒の元。

発酵の時には、ブドウ糖がピルビン酸になって、さらにピルビン酸がエタノールに変わり、CO2が出てくる (途中でアセトアルデヒドもできる)

日本酒・ビール・ワインの醸造過程において二酸化炭素の泡が出ている時、そこにはピルビン酸が大量に存在している

一方、ヒトがお酒を飲むと、アルコールはアセトアルデヒトを経て酢酸(お酢)になる。この過程で、NADHが大量に発生し、過還元状態になる。そのため、大量飲酒で脂肪肝になる。

ピルビン酸を飲むと、アルコールが速く代謝され、脂肪肝を予防できる(この件で特許取得した)

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体が ATP を得る方法は二つしかない。

一つは解糖系(=細胞質で解糖系が ATP を作る)

もう一つは 酸化的リン酸化系(=ミトコンドリアでゆっくり ATP を作る)

解糖系は短時間に大きなエネルギーを生む。酸素はいらない。息を止めても走れる短距離走型。

逆にミトコンドリアは、ATPをゆっくりしか作れない。酸素が必要。呼吸しながら走る長距離走のようなもの。

トレーニングによってミトコンドリアが鍛えられると、次第に運動強度を上げて行った時、乳酸値が上昇し始めるのが遅くなる。

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乳酸は、今まで言われてきたような「疲労物質」ではない。

素早いエネルギー源としての糖類は、必要な時に瞬間的にエネルギーを出す力に優れている。

この時、体内では糖から乳酸になる反応が起こり、乳酸はミトコンドリアによって最終的に多くのエネルギーに変わる。

ただしミトコンドリアが 乳酸を使うための反応速度は 糖が乳酸に変わる反応速度よりも遅いので、結果、体内に乳酸がたくさん溢れてしまう。

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人が ATP を得る方法は上記の二つしかない。ミトコンドリアに期待できないなら、解糖系に頼るしかない。

乳酸自体には毒性はない。 NADH があまりにも多すぎると解糖系が動かなくなるので、解糖系を動かす方法としてピルビン酸ナトリウムを投与する。

L/P比(乳酸とピルビン酸の比率)が25.6以上になると、解糖系によるATP産生が停止する。

ピルビン酸を入れると(乳酸もできるが) ATPができるようになる。

 

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ピルビン酸に関する論文

ピルビン酸の最初の臨床応用。 2010年 小牧先生(国立精神神経センター)
「Pyruvate therapy for Leigh syndrome due to cytochrome c oxidase deficiency」

 

ピルビン酸療法の臨床評価について 2014年 藤井先生が第一著者 村山先生 古賀先生 他
「Efficacy of pyruvate therapy in patients with mitochondrial disease: a semi-quantitative clinical evaluation study」

 

最近のハーバード大学の研究
「LOXCAT」実験                                 (LOXCATとは LOX=乳酸酸化酵素と、CAT=カタラーゼを結合した人工酵素)
この人工酵素の働きは、「乳酸を乳酸酸化酵素で直接ピルビン酸に変え、その過程で生じた過酸化水素をカタラーゼで水と酸素に戻す」というもの。
ピルビン酸が足りなくて乳酸がいっぱいある人には効果があるのではないか?
現時点では、実験段階にとどまる。

古賀先生の次の論文 (まだ未発表)
「A ranfomized,placebo-controlled study of sodium pyruvate in patients with mitochondrial disease」 (ピルビン酸ナトリウムの無作為化プラセボ対照試験)

 

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ミトコンドリア病の赤ちゃんは、母体と切り離されると、高乳酸血症を発症する
胎内では、胎児は乳酸を作るかもしれないけれども、母体の方で乳酸からブドウ糖を糖新生系によって再生し、赤ちゃんに戻すということが行われている。
それと同じように、乳酸の高い人は、血液透析で乳酸を除いてその代わりにピルビン酸を入れるということも、可能かもしれない。
そのための点滴用のピルビン酸ナトリウムは、まだ未承認である。

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ドイツでの臨床試験の報告 1999年
特発性心筋症患者さん8人にピルビン酸ナトリウムを直接注入した結果、心臓が元気に動いたという報告がある

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2020までのピルビン酸ナトリウムの治験結果、アシドーシス(血液の酸性状態)が改善されたことがいちばん重要なことだと考えている。

 

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「きんさんも天国で頑張っていると思うので、私ももう少し頑張りたいと思います」