日本のミトコンドリア病の一線でご活躍される先生方の講義は、解読するのに集中力がいります。古賀靖敏先生のお話は、我が息子の心身を横に置きながら、解読してゆくと、自然に、納得して行けるところが不思議です。古賀先生が、如何に臨床医師としてたくさんの患者と向き合ってきたか、という証ではないでしょうか。
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講義内容
ミトコンドリア病
対象患者数 国内約2000人 全世界で約50万人
疾病の概要:ミトコンドリア病は生命維持に必要な ATP を十分に作ることができず、種々の臓器障害をきたす稀少難病である。
ミトコンドリア病では 高乳酸血症の方が多い。
特に髄液の乳酸値が高い方ほど、早くなく亡くなってしまう傾向がある。
なんとか高乳酸血症を治療できないかと、田中先生が発案されたのがピルビン酸療法である。
2007年 田中雅嗣先生が、(世界で最初に)ピルビン酸ナトリウムが効くだろうという論文を発表した。(Maitochondrian誌)
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高乳酸血症について
高乳酸血症の患者は、過還元ストレス状態に陥っている。
細胞内では、還元状態の指標として、L/P比が使われる。
(編者注) L/P比とは:乳酸/ピルビン酸比のこと。ミトコンドリア機能を評価するために用いられる。L=Lactic acid(乳酸)P=Pyruvic acid(ピルビン酸)
L/P比が25.6を超えると解糖系によるATP産生が停止する。
血中のL/P比は、細胞内のNADH/NAD+比とほぼ比例する。 したがってNAD+が減り、NADH/NAD+比が大きくなると、ATP産生が停止すると言い換えられる。
過還元ストレス状態とは、細胞内でNADHが過剰になっている状態。
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治験について
今回の治験は、ミトコンドリア病の中でも患者数が多い、メラス・リー脳症を対象とした。
過還元ストレス状態では、解糖系はもちろん、TCAサイクルも回らなくなってしまう。 (TCAサイクル:ミトコンドリアで行われる代謝経路。次の酸化的リン酸化においてATPに変えられる。)
ピルビン酸ナトリウムを投与することによって、代謝性アシドーシス(高乳酸=過還元ストレス状態)を改善し、それによってミトコンドリア病の生存率の改善が見込まれるだろうということで、治験をやることになった。
(治験において想定される)効能 効果
「ピルビン酸ナトリウムのNDA供給作用によりミトコンドリア病などの高乳酸血症疾患における細胞死の抑制、エネルギー代謝の改善により、臨床状況の改善を期待できる。特に筋力や易疲労性、嚥下能力やてんかんの改善効果が期待できる。」
ピルビン酸ナトリウムの供給体制について
日本では、武蔵野化学株式会社が ピルビン酸メチルという形のものを、特級試薬特級品として製造販売している 。
ただし、この薬品はあくまで「試薬」であり、人体に投与されることを想定していない。
武蔵野化学が、創薬目的の原材料として(GMP原薬として)作るのであれば見過ごしましょうというスタンスだったので、経口摂取が可能になっていた。
(編者注:GMP=医薬品の製造管理及び品質管理の基準。「治験をやるためなら、経口摂取も認めましょうというスタンスだった」ということだと思います)
治験開始
2014年~2015年 日本医療研究開発機構 (AMED)から予算をもらって 非臨床試験を実施
プロトコール(実施計画書)で、評価項目を策定
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治験を始める前に行った自主臨床研究について。
自主臨床研究への参加基準(エントリークライテリア)
①エンドポイントに乳酸値の改善を設定可能なように、乳酸値が非常に高い人(高乳酸血症が非常に著明な患者さん)
②臨床的評価スケールが中程度以上に重症な患者さん
以上の条件に当てはまる、選りすぐった患者さん13名で自主臨床研究をスタートした。(久留米大学で実施)(編者:まだ治験ではないので注意)
(エンドポイントとは。治療行為の有効性を示すための評価項目のこと。臨床試験(治験)でのエンドポイントは、治療の目的に合っており、なおかつ、客観的に評価できる項目が望ましいとされている。エンドポイントの事後の変更は認められない)
後述するが、治験の失敗の原因は このエントリークライテリアが不味かったから。 (治験本番では、この自主臨床研究と同じ基準で患者さんを募集したのだが、十分な患者数を集めることができなかった。)
自主臨床試験の結果は成功。
乳酸値は非常に低下 (TCAサイクルもよく回るようになった)
L/P比も低下
アラニンも低下(乳酸値が高くなるとアラニンも高い数値を示す。その数値が低下)
GDF-15も有意差を持って下がっている (GDF-15:ミトコンドリア病診断バイオマーカー)
それでも治験に失敗した理由
◎臨床評価スケールが重症でない人(=軽症の人、限りなく正常に近い人)がたくさん入った。
◎自主臨床試験では、いつ測っても乳酸値が高い人ばかり集めたが、治験では乳酸値が正常の人がたくさん入った。
◎自主臨床研究ではGDF-15の高い人ばかり選んだが、治験ではGDF-15が正常の人がたくさん入った。(DGF-15が708以上がミトコンドリア病の基準だが、治験に入ってきた患者さんほとんどが正常だった)
◎治験を受けた患者さんの数が少なすぎて、有意差を明確にできなかった。
それでも、ピルビン酸ナトリウムを投与されたグループは、プラセボ群より(有意差はつかないけれど)良好な結果を得られた。
「治験参加患者数が少ないので、長期治験を続ければ有効性が評価できると我々は期待していたが、PMDAの判断で、治験は中止になった」 (PMDA:医薬品等の承認審査などを行う組織。)
治験後
治験データを精査する中で、ピルビン酸投与群では、PHが正常値より若干高い数値まで回復したという事実を発見した。
これはピルビン酸ナトリウムの、PHに対する影響としては 非常にポジティブなデータである。
ただしこの事実は、治験後の精査による発見なので(編者:最初に評価項目として設定していなかったから?)PMDAでは評価されない。したがって再審査は望めない。
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ーー追記ーー
2021年6月開催のアメリカミトコンドリア学会のシンポジウム米国のミトコンドリア病専門医の教育講演で、私(古賀先生)は「アルギニンを使ったMELAS患者の管理法」の話をします。
この講演は、アメリカのミトコンドリア病を診察する専門医の必須の教育講演と
なっていますので、UMDFの講演に関する情報は以下のWebでご確認ください。
https://umdf-mitou.teachable.com/p/umdfmitomedcme21